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福島地方裁判所会津若松支部 昭和42年(ワ)143号 判決 1970年1月29日

原告

渡部ハナ

被告

吉田実

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、金一六万七、二六九円及び内金八万三、三一六円に対する被告吉田実は昭和四二年八月一二日より被告五十嵐守は同年同月一五日より、内金八万三、九五三円に対する昭和四四年二月四日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告五十嵐守は原告に対し、金二三万二、二九〇円及び内金二二万三、〇九〇円に対する昭和四二年八月一五日より、内金九、二〇〇円に対する昭和四四年二月四日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告に生じた費用の一〇分の二を被告らの連帯負担、一〇分の三を被告五十嵐守の負担とし、被告吉田実に生じた費用の五分の四及び被告五十嵐守に生じた費用の二分の一をいずれも原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

この判決は、第一、二項に限り、原告において被告吉田実のため金四万円、被告五十嵐守のため金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告らは各自原告に対し、金八〇万九二九円及び内金七〇万七、七七六円に対する訴状送達の翌日より、内金九万三、一五三円に対する昭和四四年二月四日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。

第二、当事者の主張

別紙記載のとおり。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、原告主張の請求原因第一項の事実及び第二項のうち被告五十嵐の過失の点を除くその余の事実は当事者間に争がない。従つて、被告吉田は本件自動車の運行供用者として自賠法第三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

次に、〔証拠略〕によれば本件事故は、被告五十嵐が本件大型特殊自動車を運転して上り勾配一二度のコンクリート造り作業台に登ろうとして頂上附近で停止しようとしたが、このような場所で停車するときは後退滑走の虞があるので、足ブレーキのみならずサイドブレーキを操作して確実に停車させ、滑走後退を防止する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然足ブレーキをかけただけでサイドブレーキを操作しなかつた過失により発生したことが認められ、これに反する証拠はない。従つて、被告五十嵐は右のような過失により本件事故を発生させた加害者本人として本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

二、被告ら提出の示談成立の抗弁について

〔証拠略〕によれば、昭和四一年一月二〇日当時、原告が通院治療を受けていた竹田綜合病院の医師大塚顕が本件事故による傷害は同年四月末日全治の見込みとの診断を下したので、同年一月二七日原告と被告吉田との間で、原告の傷害が同年四月末日までに全治するとの予想の下に、1、原告の全治する見込みの昭和四一年四月末日までの治療費は全額被告吉田が支払う、2、原告が昭和四三年四月末日までに医師の診断により再発と認められたときの治療費も全額被告吉田が支払う、但し原告は国民健康保険を使用する、3、被告吉田は原告に対し慰藉料等を含めた示談金として金二〇万円を支払う、4、本件事故につき原告は前各項の外、何らの請求をしない旨の示談契約が締結され、被告吉田において右契約の1、3項を履行したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで、〔証拠略〕によれば、原告は全治の見込まれた昭和四一年四月末日までには全治せず、その後も現在に至るまで引続き通院治療を受ける外、マツサージ療法や指圧療法を受けていることが認められる。このように全治見込みの昭和四一年四月末日までに全治しなかつた場合には前認定の示談契約の趣旨からみてその後の治療費で国民健康保険によるものは全額被告吉田において支払うべきものと解せられる。その余の損害額については原告において賠償請求権を放棄したものというべきである。従つて、被告らの抗弁は、被告吉田については原告の請求のうち昭和四一年五月一日以降の原告の国民健康保険による治療費(本件事故による傷害に関するものであることは勿論である)を除くその余の部分に対しては理由があるけれども、右治療費に関しては理由がない。

次に、前認定のとおり、被告ら主張の示談契約は原告と被告吉田との間に締結されたものであつて、加害者本人である被告五十嵐はその当事者とはなつていないから、右示談契約の効力は被告五十嵐には及ばないというべきである。従つて、被告らの抗弁は、被告五十嵐については原告の請求を排斥する理由とはならず、被告五十嵐は本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

尤も、被告五十嵐の損害賠償債務と被告吉田の損害賠償債務とは不真正連帯債務の関係に立つから、原告が蒙つた損害額のうち被告吉田において既に支払済みの分については、被告五十嵐も賠償義務を免れるわけである。

三、被告らが連帯して賠償すべき損害額

前認定のとおり、被告吉田の賠償すべき損害は昭和四一年五月一日以降の原告の国民健康保険による治療費に限られるので、それ以外の治療費等(指圧療法治療代、通院等のための自動車代、温泉治療費)ならびに慰藉料の請求は失当というべきである。ところで、昭和四一年五月一日以降の原告の国民健康保険による治療費は次のとおり合計金一六万七、二六九円である。

(一)  原告が既に支払つた過去の治療費

(1)  第一次治療費

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による傷害に基づく頭、頸部外傷後遺症を患い、昭和四一年五月より同四二年七月まで竹田綜合病院に通院して国民健康保険による治療を受け、その治療費として合計金三万三、三一六円を支払つたことが認められる。

(2)  第二次治療費

〔証拠略〕によると、原告は昭和四二年八月より同四三年一二月まで竹田綜合病院に通院して国民健康保険により前記後遺症の治療を受け、その治療費として合計金五万三、九五三円を支払つたことが認められる。

(二)  将来の治療費

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による傷害に基づく頭、頸部外傷後遺症を患い現在においても頭痛、背部痛を訴えて通院治療を受けており、医師の診断によれば、右自覚症状は固定化して治療しても治癒するかどうか判らぬ状態にあることが認められるから、今後少くとも二年間は従来と同程度の治療を必要とし、これが治療費の支出を余儀なくされるものと推定される。ところで、〔証拠略〕によれば、原告が昭和四一年一月より同四三年一二月まで国民健康保険による治療費として支払つた金額は合計金一二万三、〇五二円と認められるから、年間平均金四万一、〇一七円を支出したことになる。従つて、原告が将来の治療費として請求する年間金四万円づつ二年間で金八万円の請求部分は理由がある。

前記の如く、被告五十嵐は本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があるところ、右認定の合計金一六万七、二六九円はもとより本件事故と相当因果関係の認められる損害額であるから、被告五十嵐は右損害額については被告吉田と連帯してこれを原告に支払うべき義務があるといわねばならない。

四、被告五十嵐が単独で賠償すべき損害額

(一)  治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による受傷の結果、その加療のため昭和四〇年八月八日竹田綜合病院に入院して同年九月一〇日退院し、その後も通院治療を続け、その他にも種々治療を施してきたことが認められる。そして、右治療費として原告が支払つた金額は、前項(一)で認定した治療費を除き、次のとおり合計金三万二、二九〇円である。

(1)  第一次治療費

1 〔証拠略〕によれば、原告は前記後遺症の治療のため昭和四一年一一月より同四二年七月までの間に三〇回に亘りマツサージ療法を受け、その治療費として合計金四、五〇〇円を支払つたことが認められる。

2 〔証拠略〕によれば、原告は前記後遺症の治療を目的とする通院のためのタクシー代として昭和四〇年九月一〇日より同四二年三月三一日までの間に合計金四、八三〇円を支払つたことが認められる。なお、原告は昭和四〇年八月九日より同月二六日までの間の西若松駅より竹田病院までのタクシー代合計金三四〇円を請求しているが、右は原告が竹田病院に入院中のことに属するから治療のための必要交通費とは認められず、また同年九月一〇日の竹田病院から西若松駅までのタクシー代として二台分計三〇〇円を請求しているが、原告の退院のための必要交通費としては一台分だけしか認めることはできない。更に、原告は昭和四〇年一二月二一日の西若松駅から神明通りまで往復のタクシー代金二四〇円及び昭和四一年五月一六日の西若松駅より東山まで往復のタクシー代金六四〇円を請求しているが、右が治療のための交通費であると認むべき証拠はないので認容できない。

3 〔証拠略〕によれば、原告は医師の指示に基づき前記後遺症の治療のため昭和四〇年一一月及び同四二年一月に温泉療法に出かけ、その交通費及び宿泊料として合計金一万三、七六〇円を支払つたことが認められる。

(2)  第二次治療費(拡張請求分)

〔証拠略〕によれば、原告は前記後遺症の治療のため昭和四三年一一月より同四四年一月までの間に二三回に亘り指圧療法を受け、その治療費として合計金九、二〇〇円を支払つたことが認められる。

(二)  慰藉料

前認定のとおり、原告は本件事故による受傷の結果、昭和四〇年八月八日より同年九月一〇日まで三四日間入院し、その後も通院加療を続け、その他にもマツサージ療法、指圧療法、温泉療法などを施してきたが、本件受傷に基づく頭、頸部外傷後遺症は容易に治癒せず、現在においても頭痛、背部痛等を訴えて通院治療を受けており、右自覚症状は固定化して治療しても治癒するかどうか判らぬ状態にあるので、本件事故により原告は重大な肉体的精神的苦痛を受けたものと推定される。よつて、本件事故の状況等諸般の事情を考慮すれば、その慰藉料額は金四〇万円を以て相当とする。

以上の次第で、被告五十嵐の賠償すべき損害額は、合計金四三万二、二九〇円となるが、前認定のとおり、被告吉田は原告に対し慰藉料等を含めた示談金として金二〇万円を既に支払つているので、これを右認定の第一次治療費及び慰藉料の合計金額より控除することとし、結局被告五十嵐の賠償すべき損害額は合計金二三万二、二九〇円ということになる。

五、よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金一六万七、二六九円及びそのうち前記三(一)(1)及び三(二)の内金五万円の合計金八万三、三一六円に対する、被告吉田については同人に訴状が送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四二年八月一二日より、被告五十嵐については同人に訴状が送達された日の翌日であること本件記録上明らかな同年同月一五日より、そのうち前記三(一)(2)及び三(二)の内金三万円の合計金八万三、九五三円に対する損害発生の後であること明らかな昭和四四年二月四日より各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、被告五十嵐に対し金二三万二、二九〇円及びそのうち前記四(一)(1)及び四(二)の合計金額より示談金二〇万円を控除した金二二万三、〇九〇円に対する前同様の昭和四二年八月一五日より、そのうち前記四(一)(2)の金九、二〇〇円に対する前同様の昭和四四年二月四日より各完済に至るまで前同様の割合による遅延損害金を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田忠治)

〔別紙〕

原告の請求原因

被告らの答弁

一、事故の発生

昭和四〇年八月二日午後二時四五分頃、会津若松市材木町一丁目四番五号地内において、被告五十嵐の運転する大型特殊自動車トラクターシヨベルカー(福島九す二二三号)が作業台より後退するに際し作業台より滑り落ちてそのまま原告方家屋に衝突、突入し、よつて屋内にあつた原告は背部、右肩打撲、右上下肢擦過傷、頸腕症候群の傷害を蒙つた。

一、認。

二、帰責事由

被告五十嵐は砂利採取販売業を営む被告吉田の被用者であり、本件自動車は被告吉田の所有にかかるもので、事故当時被告五十嵐はこれを被告吉田のため運転していたのであるから、被告吉田は本件自動車の運行供用者として自賠法第三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。また、被告五十嵐は無資格でありながら、本件自動車を運転して作業中、その操作を誤つたため本件事故を発生させたのであるから加害者本人として本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

二、被告五十嵐の過失の点は否認しその余の事実は認めるも、被告らに損害賠償責任のあることは争う。

三、損害

(一) 治療費

原告は前記受傷の結果、その加療のため事故当日竹田綜合病院に入院して二四日後退院し、その後通院治療を続け、その他にも種々治療を施し、この治療費として原告は次のとおり合計金一二万九二九円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(1) 第一次治療費計金五万七、七七六円

1 竹田綜合病院支払治療費(昭和四一年五月より同四二年七月まで)金三万三、三一六円

2 指圧療法治療代(昭和四一年一一月より同四二年七月まで)金四、五〇〇円

3 通院等のための自動車代(昭和四〇年八月より同四二年三月まで)金六、二〇〇円

4 温泉治療費(昭和四〇年一一月より同四二年一月まで)金一万三、七六〇円

(2) 第二次治療費計金六万三、一五三円

(昭和四四年二月三日付準備書面による拡張請求分)

1 竹田綜合病院支払治療費(昭和四二年八月より同四三年一二月まで)金五万三、九五三円(金五万三、九四三円とあるのは違算と認める)

2 指圧療法治療代(昭和四三年一一月より同四四年一月まで)金九、二〇〇円

三、

(一) 不知。

(二) 将来の治療費

従来の療養費は年平均四万一、五九二円に上るのでこれを金四万円に減額し、向う二年間なお治療を要する見込みなので金八万円を将来の療養費として請求する。(なお、当初金五万円請求したが、昭和四四年二月三日付準備書面で金三万円拡張請求する。)

(二) 不知。

(三) 慰藉料

原告は右受傷により、右のとおり二五日間入院し、その後も通院加療を続けたが、昭和四一年九月二四日当時、頭痛、頭重感等の自覚症状に加えて右上肢の軽度の脱力、振戦のある頑固な神経症状を残すところの頭部外傷後遺症があり、この状態はその後種々加療するも改善されず、却つて現在では視力が弱り、平常眼鏡を用いなければならなくなり、乗物にもたやすく酔うようになつたから、本件事故により重大な肉体的、精神的苦痛を受けたもので、本件事故の状況等諸般の事情を考慮すれば、その慰藉料額は金六〇万円が相当である。

(三) 争う。

四、よつて、原告は被告ら各自に対し、前項の損害額合計金八〇万九二九円と右のうち拡張請求分を除いた金七〇万七、七七六円に対する訴状送達の翌日より、拡張請求分九万三、一五三円に対する昭和四四年二月四日より各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告らの抗弁

被告らは、昭和四一年一月二七日原告と次のような示談契約を締結し、被告らは右示談による一切の履行を終了したから、原告の有した損害賠償請求権は右示談契約により消滅した。

1 原告が全治する見込みの昭和四一年四月末日までの治療費は全額被告らにおいて支払う。

2 被告らは原告に示談金二〇万円を支払う。

3 本件事故につき原告は今後一切請求しない。

原告の答弁

昭和四一年一月二〇日に原告は同年四月末日に全治する見込みとの診断を受けたので、同年一月二七日原告は被告吉田との間で、暫定的に全治見込みの同年四月末日までの治療費全額及び金二〇万円を被告吉田が負担することで示談を遂げ、その支払を受けたが、右は示談当時の損害についてのみ示談したもので、将来の一切の請求権をも放棄したわけではない。

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